心象記

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。 - 総合芸術家集団「auly mosquito」 代表 http://auly-mosquito.com ・HomePage http://so-sasatani.com

幻に近いと知りながら、ピンとくる生存戦略をいつも探し続けている

2020/07/29

 

昨日からずっと頭が回転している。考え事が次々と自動的に浮かんできて絡まっている感覚。いつもあるけどより強い。肉体として普通に存在しているけど、中にいる自分にひたすら話しかけられている状態。

 

それを逆にコントロールすると、楽しくなってきたりもする、絡まりを解くように。「頭の中は自由」と聞いたが、こういうことなのだろうか。合っているような少し違うような気がする。

数年前は本を読む、文字を見ることによってこの感覚をひたすら昇華させていたが、考えるキーワード的なものをひとつ与えれば、組み立てや解体を頭の中で行えば十分なのではないだろうか。体感的に特定の個人の認知(反応)パターンは、そんなに数が多くないのではないかと思う。こうなれば嬉しい、悲しいなど。


すでに自明のものと思っていたものが、考えてみるとあまり実はよく分かっていなかったりする。幻に近いと知りながら、ピンとくる生存戦略をいつも探し続けている気がする。ゆえに批判する余裕もないのかもしれない。

頭に没入すると書いて、没頭。せっかく生きているのだから、その様にいつも夢中でありたい。

 写真はマレーシアに行った時にみた案内板。

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