智慧の記

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。 - 総合芸術家集団「auly mosquito」 代表 http://auly-mosquito.com ・HomePage http://so-sasatani.com

鍛冶屋が金属を鍛錬するように、論理学に頭突きをかまそう

学問、何から始めよう。哲学は前提を疑うために永遠に続くからひとまず放置。

「詩を考える」「詩を書く」 谷川俊太郎さんの本を読んで

今回の「智慧の記」は、ここ最近少し"詩"に触れられて考えたことをまとめてみます。

日常生活の意識の持ち方により、内的な心象を書き出すのを辞めるべきだと思った。

その先、排除し続けても残るもの、つまり、森羅万象、あらゆること・現象に謙虚に接した上で残るものが笹谷くんの好きなことだったりする。結果からしかわからない。

マスクと炊飯器

炊けた時はピィーと奇声のような音を発して、眠りについた赤ん坊を起こすのに、お米が釜に入っていないと無言を貫くのか。

「閉店日」について

「閉店」するまで店は稼働していたのである。お客さんを迎え、商品などを通して人と人が交わっていた。

心の玉ねぎ化

細胞の入れ替えか、新旧混ざった玉ねぎの選別か。新陳代謝、と処理をする。

原初的な音楽体験

こちら朝の公園、荒井由実の「中央フリーウェイ」が流れてきた。気持ちいい。しかし、ヒップホップ強化週間。N.W.A に切り替える。

この夜も新たな出会いのための準備として、前夜祭

フラッシュバックする記憶やイヤホンから流れてくるあの曲。鳴り止まずに頭をループする。夜に感慨に耽りたくなければ、飲みに歩く、もしくは音を浴びにいく。新しい出会いはいつも新鮮で人生に活力を与えてくれる。

依存先を誤ったインベーダー 気がつけばそこら中で死んでいた

何と一体化、もしくは何に依存するのか。その選択を誤れば、依存は習慣となり生活に組み込まれるのだから、一般的な意味において不幸になりやすいと思う。

異国の客を読んで

ヨブさん、財産と家族を失っても信仰を貫いた人、妻に嘲り笑われるのか。それぐらいが家庭の平穏を保てるのか、一体どうなんだ。

大げささ

今日は少しネットワークについて調べていた。BorderGatewayProtocol、Interior GatewayProtocol、Autonomous System。拗らせているからと思うが、専門用語かっこいい。

夏、週末の概要

かますぞ、という心意気というか。獅子奮迅。

"誰もが誰かに成り得るから 身を委ねな この流れる河"

ただ、分かることと出来ることの溝の深さが恐ろしい。未熟だ、身を委ねる潔さがいる。

ヒップホップ日和

イヤホンから耳へErick Saemonの曲が届く。首を振りながらひたすらに闊歩。

森田童子ルーティーン

どの感情に向き合って、またどの感情に向き合わないのか、向き合うとどうなるのか。

幻に近いと知りながら、ピンとくる生存戦略をいつも探し続けている

すでに自明のものと思っていたものが、考えてみるとあまり実はよく分かっていなかったりする。

抽象的な疑問

どういった可能性をも秘めているというのは、どこかで諦めているのだろうか。小さくまとまっても仕方のないと思うこと、疑問からの決意は偏った思想を生むだけなのだろうか。

世界の見方を探していくことと自分を知ることは同義語。

本人の意思とは無関係に、火山の噴火のように、予期せぬ時に。

 はかなさを惜しむ気持ち。忘れたくないものです。

"春分の日から昼の時間が長くなり夜の時間は夏至にいたって、もっとも短くなる。 その短さ、はかなさを惜しむ気持ちを重ねて夏の夜を呼んだのが短夜という季語である。"

諦めと似て非なる潔さから始まる

隣の芝は青く見えるが、身近な周囲にたくさん愛が溢れている、花は狂い咲く。未来への想像力と瞬間を積み重ねて。

4日間の概要

月曜日、「部屋の豆電球の色は変わるのか?オレンジ過ぎない?」と家内に相談される。「ああ..」と答える。

"体当たりな人生 しくじるのも当たり前"というリリック

昨日の夜、外は雨が降っていて、歩いていると溝のような水たまりにがっつり落ちた。

地道に繰り返して、開拓する。わたしは商売人の息子。

"日々を生きる尊さが感じられるもの"が自分は好きみたい。記憶は定かではなくて、それを形に抽出する。記録に残す。作品というのは、「工夫した記録」という側面があるみたい。

特筆すべきこともない、調べものの日。

今は4時半、外が明るくなってきた。深夜の作業が押した。深夜の作業は少しワクワクする。夜の作用。そろそろ眠りにつこう。

昼と夜、月と太陽、光と闇、繰り返しの象徴。

詩作をしようと思い立つが、夜の公園で蚊に噛まれた。膝がかゆい。これは詩作にとっての盲点。痒みがおさまる頃、一編の詩が降りてくることを願って。まず思索。

自由には責任が伴う

佐藤博さんのSAY GOODBYEという曲で小躍りしていると、DJの方に一杯奢っていただいた。なんと音楽的体験。嬉しい。

-アイロニカルな最後になるか 愛を抱くか 君自身が太陽になるんだ-

お昼は同僚の人の"オーストラリアで釣りをしていたら、イカが大量に釣れたけど、ほとんどをハチに食べられていた"という話を聞いた。(ハチってイカを食べるのか)という疑問を抱いていたら、仕事が終わっていた。

日常の背中には、いつも非日常がくっついている。

家族が寝静まった部屋でひっそりと詩を書く。雨の音が心地いい。完全に触発されている。色んな芸術家に触れる、会いにいきたい。明らかに芸術が一番カッコいいと思う。ひとつの信仰。

自分も大人だけど、大人って複雑とか思ったり。

そして、本筋と関係ないけど、浅野ゆう子さんの話し方と声がUAさんに似ていると思った。

外堀りを囲っても、核心にはたどり着けないのだろうか。

今回は、アンビエント感とビート感をどことなく意識してつくった。