『情愛』 1000文字小説
情愛
季節は足早に通り過ぎ、太陽が沈む時刻は短くなる。天の事情などいざ知らず、装飾を施した街はまた新しい風を迎える。「今日は忘年会の約束だ」そう呟き、スーツ姿の僕は朝に仕事へ向かう。慣れた手つきでキーボードを打ち込む姿に違和感を覚える上司もいない。
集中力が途切れた瞬間にふと浮かぶ今夜のこと。週の頭の忘年会に気だるさを感じながらも、心は少しばかり高揚している。矛盾と遊べるほど歳を重ねた僕は仕事をそこそこに夜の街へと繰り出した。元気なカップルに俯いた年配、人混みの中をかき分け目的地へ向かう。
会場に到着すると宴会は始まっているようで、各々が今年の汚れを落とさんばかりに口を動かす。たわいもない会話も重なれば、楽しみへと姿を変えていくようだ。会場に灯された電球が周囲のざわつきで時々揺れるように感じる。
「久しぶり。少し痩せたんじゃないの」声を掛けてきた元気一杯な彼女に僕は気後れする。「まあね。鍛えているからね」無骨な表情は相も変わらずだ。
数人と言葉を酌み交わしながら、時は経過する。忘年会の感覚というものを思い起こす。それは、良き悪きを超えた風物詩のようにやってくる。言葉数が少ない僕は特に主役となることもなく、会場を後にする。どこかに名残惜しさを感じながら、ドアを開ける。
彼女が後ろを追いかけてくる。嬉しかったのはまぎれもない事実だ。言葉を発することもなく、僕の一歩後ろを歩いている。彼女はいつもと変わらないにこやかな表情で、僕は過剰な意識でポケットに手を入れる。
振り返ってみてもなんでもない日の単なる思い出だ。それから、随分と親しくなった。彼女にとって僕はおさまりがいいのだろうか。ふと浮かぶそんな疑問もどんどんと流れていく。そこに満足も不満足も訪れない。心が踊る時間も一緒に過ごした。横にいるのが当たり前という感覚も彼女に初めて教えてもらった。
ただ、口をあまり開かない僕には知らないことが多すぎたみたいだ。もう彼女はどこにもいないけど、春がやってくる。