心象記

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。 - 総合芸術家集団「auly mosquito」 代表 http://auly-mosquito.com ・HomePage http://so-sasatani.com

「優しいことが正しいとばかり思っていた。だから、記憶、なくなるのか」

 

空っぽの頭に、釘を打たれたような衝撃がある。数日感の記憶はどこかへ消えたが、僕はここにいる。同時にベンチに腰掛けホッと一息をついたような安堵感もある。その境界をふらふらとしている。 家の扉を開け外に出ると、濁った色の上履のような曇り空が、一面に広がっている。


思い出は忽然と姿を消すが、きみは確かにいると確信し歩く。寒い春、傘を差して駅に向かっている。行きつけだった小さな蕎麦屋さんのシャッターが閉まっている。いつか、潰れるだろうとは頭によぎっていたけども、このタイミングとは思ってもみなかった。


「優しいことが正しいとばかり思っていた。だから、記憶、なくなるのか」


きみに会いに行くことと関係のない思いばかりが浮かぶ。駅までの道は遠い。踏切りを待つあなたはずっとそこにいるはずだと、僕はまた決めつける。

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