回廊日記

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。 - 総合芸術家集団「auly mosquito」 代表 http://auly-mosquito.com ・HomePage http://so-sasatani.com

人は無意識下ですでに知覚しているのか

2020/01/27

 

最も根にある前提は正しいという設定にしておかないと、行動できない、動けない。

その時なぜそう思うのかは解明されないままに、存在の分からないものがそう言ったのか、自身がそう思ったのか、分からない。

(鬼のように省略すると)「人間は知らないことも知っている」というようなことが本に書かれていた。すでに無意識下で知覚しているのか。それについては、疑いが残る。結果から逆算、"無意識下で知覚していた"というのは、意識の辻褄合わせにも思える。


基本的には、その事柄について知っている分母が大きいほど、解明しやすくまた複雑になる。良いものを選択できる可能性は上がるが、確定ではない。また、良いものの定義も曖昧である、場合によりけりである。


思考する割に様々な知識に乏しいので、とにかく日々勉強である。インターネットにも勉強になるサイトは探せばたくさんある。今日、原子力のサイトを発見した。

作成した方がとても謙虚で客観的に書かれていると思った。

https://www.gakushuin.ac.jp/~881791/housha/index.html

f:id:sasaworks1990:20200128000052j:plain