日記

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。 - 総合芸術家集団「auly mosquito」 代表 http://auly-mosquito.com ・HomePage http://so-sasatani.com

今年は言葉を書き殴られれば

2020/01/22

 

その行為のみを捉えることは甚だ難しい。とかく人間はそこに付随するメタ情報を含めて評価する。論旨、内容のみを抽出し、それに対して向き合うこととは。

 

コミニュティ、社会、暮らし、営み。

孤独は生まれ持った"線"を強固にするが、幸福を遠ざける。共有しようとする心意気、共生への道筋。そういうところに人間の本質はあるのではないかと考えている。

理解を示す身振りや手振りは他者に対する敬意ではあっても、"互いを理解している"とは言えない。それでも、伝えようとする。とても不思議である。

文章か詩か、何もわからないが今年は言葉を書き殴られれば。

 ------

上空に連なる鳥は一系の

オブジェのようであり移動を続ける


いつかにみた陽の光と

幼少の記憶を結びつける

この際  時系列などは問題とせず

断片だけを信じる


魂などの主観の極致と

父と母が相対したゆえの黙秘は

意味をこじつける


微生物が身体の外側にひっつていた

 ------

 

f:id:sasaworks1990:20200123000356j:plain