日記

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。 - 総合芸術家集団「auly mosquito」 代表 http://auly-mosquito.com ・HomePage http://so-sasatani.com

そんなに張り詰めなくて、籠らなくても、世界はもっと優しいのかも、と思えたりもする。

2020/04/09

 

だんぼっちという簡易的なダンボールの防音室が部屋にある。部屋の大部分を取り、少し邪魔でもある。その部屋の中で、ギターを練習する。"とりあえず弾く"感じになっているのはよくないとわかりつつ、ポロポロと、とりあえずいつも弾いている。
電球を灯して、ギターの音を聞いているとすごく落ち着く、包んでくれている。1人であり1人でないような感じ。「シンガーソングライターはこの気持ちになるのか」とか思ってみたりする。そして、「みんなといるのに、みんなといないみたいだよね」と言われたことを思い出す。
適当に口ずさんだメロディを集めて、とりあえずなんでもいいから曲を作ろう。優しいのがいい。そんなに張り詰めなくて、籠らなくても、世界はもっと優しいのかも、と思えたりもする。

取っている行動を紐解けば、すべて生存戦略なのか。一体何なのだろうか。

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