独りぼっちのささじぃ。

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

 楽器として

 楽器として

 

変に引き伸ばすと、表拍。ある意味癖だけど、心地よい、裏の音楽(日本人やから、それでも表と裏5:5かもやけど。)その節の切り方で、聞こえ方変わる。民謡は表も表で、それはそれで魅力。どちらにしろ、身体全身。音楽、自分はまずは楽器。どういう音色をならせて。これほどまでの多種多様、精神的要素も含めた、自由度の高い楽器はあるのか。理想の音、細々したことを網羅した、小細工なしの楽器にならないと、何も成せない。日々、進歩。必死になれるその事実には甘えたくなく。好きゆえの苦、それはそれはまた歯がゆくありがたく。伝え方をほったらかしがちになる時も。特性、だから、一人では決して。ないものも多すぎて。

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