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独りぼっちのささじぃ。

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

「そこが人生のひとり旅ですよ」 道行く男性の一言が頭から離れない。

頭に残る一つの言葉

 

それは2017年1月11日の15時ごろ、中目黒から池尻大橋に向かい歩いている途中だった。

 

ネクタイを締めけだるそうに歩くサラリーマン、白いイヤホンを耳にロードバイクに乗るB-Boyなどが道中にいた。この周囲をうろつくのは、オシャレと顔に書いて歩き回っているのと同じだ。目的地までひたすらまっすぐ、早くもなく遅くもなく、また、誰に咎められることもなく歩いた。

  

「歩幅は真実を移す鏡なのか?」と抽象的なことを考えながら歩いていた。

その思考までにたどり着いた過程は記憶の遥か彼方だ。

 

ほどなくした頃、目の前に女性と男性が現れた。

 

女性はピンク色のマフラーにカナダグースのジャンバーを着ていた。

隣で歩く男性はスタイリッシュな街「中目黒」で一層、目を引く格好をしていた。

ペイズリー柄の鳥打ち帽にトンボのような大きなサングラス、さらに色鮮やかなスカーフに高級そうな皮のコートを着ていた。しかし、彼が目を引く本当の理由はファッションではなかった。

 

目に入った瞬間から気になる存在、しかも、その理由は見当たらない。

そこにヒントが隠されている事実だけが伝わる。

 

かなり早歩きな男性と女性、すぐにすれ違いそうになる。

 

彼らの会話の大部分を耳にはしなかったが、男性は女性に「そこが人生のひとり旅ですよ」と言っていた。

 

前後の文脈は不明、その点が惜しまれる。

「人生のひとり旅・・」それは誰しもが必要とする鍛錬なのか。

はたまた、孤独を旅と捉える前向きな発想なのか。

今となっては定かではない。

 

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とやかくでっせ、その言葉が今日ずっと耳に残っています(´Д` )

もはや私に言っているのかとも思った。

暗示も暗示、アヌビス神もびっくり!

1月11日改め、知らない人の言葉が引っかかる日。

 

「なんて日だ!!」

 

今日は、何の日なのか。

調べたところ・・塩の日だそう。

そうか、そうか、塩の日か。塩をひとつまみ食べて寝よう(´Д` )

 

「ケツ、いったろかい!!!」

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