独りぼっちのささじぃ。

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

マイナスの美学とは・・。 〜「間」は目に見えないが確実に存在するの巻〜

天気の良い朝は気持ちがいい

 

カステラとバナナと牛乳。

これを優雅と言わずして、何と言いますか。しかも、カステラからひょっこりとレーズンが顔を覗かせています。にくいね〜♪♪(´Д` )にくいね〜♪♪(´Д` )

 

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カステラとバナナと牛乳・・定番のスリーピース。

 

ボーカルとギターとベースのように、どこにでもいるけど、確実にバランスが取れている。そんな爽やかな朝を迎えている笹谷家から、『マイナスの美学』について話そうと思います。

 

この世はマイナスとプラスで作られているのかも・・

 

まず、マイナスの美学という語感がいいですね。

スタイリッシュだし、都会的な感じがする。ただ、気をつけて使わないと雰囲気イケメン的なことになってしまいます・・。

 

マイナスの美学とは言い換えれば、必要最小限まで省略して、表現の完成度を追求するミニマリズム的なことだと思います。

 

音楽、文章、映像、料理、工作、部屋のインテリア、化粧、ファッション・・何でもだけど「これ、無くてもよくね?」と思ったことはないでしょうか?

 

それがもうすでに、マイナスの美学。

 

マイナスの美学について、これ以上脚色しないのもマイナスの美学・・(´Д` )

 

一つ付け加えると(付け加えんのか〜〜い!!)、「これ、無くてもよくね?」の判断基準は自分の審美眼、もっと平たく言えば価値観が作ります。投げやりに言えば、「それをどう思うか」ということが個性です。

 

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マイナスと深く関わり合いのある「間」、それは「何もないということがある」ということなので、装飾的要素を持っているともいえます。つまり、何かを作る上での素材の一種です。

 

具体的にファッションでいえば・・ネックレスをつけるのも装飾、ネックレスをつけていないのも(つけていない)装飾です。「間」や「無」は一つの素材として、有るものと同列に並べられます。ただ、ここら辺は、言葉の使い方の問題です・・。笑

 

人との会話でも「間」は大事です。

間を少し開けてから話すと、言葉に説得力が出ます。それは、「今からしゃべるから聞いて」という共通の認識を相手に与えるためです。(他にも理由は考えられそうですが)

 

「間」は日常生活に当たり前に存在するもの。

 

身の回りに当たり前のようにあるものは、緻密な足し算と引き算によって洗練され出来たものなのもかもしれません。世界をそう解釈してみるのも一興でございやす。

 

朝から、ぴーちくぱーちくと失礼しましたm(´Д` )m