『カフェの一幕』
下北沢のとあるカフェに立ち寄った。壁の本棚にはピカソ大全集があり、店内には粋なジャズが流れる。軽妙に話す若者にじっと本を読み思い耽る女性。
照明に布を被せ、薄い橙色に店内は包まれている。少し古びたエプロンを身につけて食器を洗う店員、辺りに配慮をしながら。彼女の目は少し窪んでおり、頬はふっくらとしている。それでいて身体の線が細く、造型物のような、妙なバランスを保っている。
「ここに金額を書き込むのよ」と左手にペンを取り、アルバイトの青年に話しかける。
青年は返事をせずに、こくりとうなづく。お皿を慎重に片付ける彼女の様子は、ふくらはぎにスッと止まった蚊を優しく追い払う瞬間に似ている。
彼女自身が店内のレトロな雰囲気と調和しているためか、赤い座布団の上に座った猫は眠っている。温かいコーヒーを飲んだ私は、水の入ったグラスに手を掛けた。ひんやりとした冷たさを感じた。
「ごちそうさまでした」と自然に言葉が浮かび心が弾んだ。
とげとげしさのない心地の良いお店を後にした。