日記

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。 - 総合芸術家集団「auly mosquito」 代表 http://auly-mosquito.com ・HomePage http://so-sasatani.com

先週末は音楽にお花を咲かしました。

音が鳴る方へ

 

最近、ポロリポロリと音楽が流れている場所に行っています。

時に近所、時に都会、ジャンルはいろいろあるけど、総じて音楽良い。

好みな音楽とそうでない音楽はあるけど、それぞれに、情を感じる。音楽によって作られる空間は最高ですね。お酒も美味しい。 

  

日曜日は我が集団「auly mosquito(元ちぶかが)」の健三さんのライブにちょろっと顔を出しました。自分の集団のメンバーを褒めるのもアレですが・・素直に「めちゃ、ええ曲、歌うなー」と思いました。 

音楽家はやっぱり音楽をしないと・・、改めて感じました。

 

そのあとは、渋谷に行って、ヒッチハイクで日本一周お兄さんことぬきおくんのライブを観に行きました。人が超パンパン!まっすぐで心が優しい「人柄」の一言。

 

そんな週末は雨が凄まじく、基本的に靴の中に水が入り、靴下が濡れている状態で過ごすというハードな足元でした。水たまりと歩いているみたいで、斬新でした。

 

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音楽は・・存在を確かめるため、アイデンティティへの喪失を取り戻すためにという側面もあるかと思います(自分の場合!)

もっと、音楽が流れている場所に足を運ぼう。気になる音楽家に会いに行こう。徐々に徐々に、靴下の中に水が侵食するように。自意識過剰と人の目から形成された性格ながら、もっと自分のやるべきことを気にかけよう。

 

 「毎日、自分がやるべきことをひたすらやる」ということに尽きる!ということを中心に置いているが、心はいくらでも入れ替えられるため、それを継続してできるかにかかっているわけですね。なぜそうするのかは衝動と言えますが、それは執着とも隙間の時間を作ると空虚が襲ってくるゆえでもあります。

 

余談

 

全然、脈絡ないけど思ったこと。

・観光のために調教された牛、何か少しショッキングだった。

・牛肉は好き。

この言葉を二つ並べるとデリカシーがないように見える。目に見えるものや想像が及ぶ範囲内で感情は動いているのかと考えさせられた。

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