心象記 -異花受粉-

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

「生きてることだしやろうか」

2019年6月12日

 

ここ数日、感情の起伏が激しく、やっと落ち着いた。

先週の金曜日は、公開録音をやるということで、ローホさんのイベントに行ってみた。 


「死にたくなったら死のうか」

「生きてることだしやろうか」


誤解を生みそうなその繊細な表現を、温かみを持って唄えるその人間力に感服。権力や資本が優先される場所にはない音楽だと、勝手にひとり報われたような気がして。公開録音。自らで産んだ曲が、共有物になっていくその瞬間、子どもが立派に成長していくようなものなのか。


マイナスをプラスに変えようとする働きにこそ、人生のひとつの営みがあると考えているが、「生きる」いう観点を「死ぬことを逃す」と置き換えている辺りにそういうのもあって。全然うまく書けないが、根を詰め過ぎた時にホッとできるような、頼れる音楽でした。そして、やっぱり、私はただただファンでした。

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繊細な感情から、躍動的な音楽まで。

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