独りぼっちのささじぃ。

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

紛うことなき、トマト拉麺を食したのだった。

完熟したトマトの聖なる匂いに、とろりと絡みつくチーズ。

トマトラーメン、おすすめです。ゴリゴリの美味を誇ります。

 

トマト拉麺、食す

 

器に太陽が押し込められたのかなと思うぐらいの眩さ、薔薇と同じ王道の赤色を引っさげて、まず食す者の目を楽しませる。危険と分かっていても、近づいてしまうのが人間の性、真っ赤です。表象を乗り越え、無意識の最下層へと侵入し、夢うつつのまま割り箸を真っ二つに割っている私たち。

 

平日は仕事に励み、休日は家族サービスに費やすお父さんから、池袋の駅で抱き合っている人を冷ややか、かつ、羨ましく見ているオフィスレディまで、丸いくるくる回るタイプの椅子のうえで微動だにしません。

 

ただ、ひたすら赤い妖精を待ちわびているのです。もちろん、私もその一人です。
妖艶さに酔ってしまうのはどの時代もしかり。しかし、街の一角にある一見なんでもないこの店に、熟した大人たちがしれっとした表情の仮面をつけている。その下には未来への期待が隠されている。それぞれの期待は空気となり、店の中に充満しひとつの共同体のようにさえ感じた。

 

この空気を創ったのも、ひとつの食品、もとい、一回の食事なのだ。涎の分泌を紛う方なく感じ、大げさなコマーシャルのごとく、肌から喜びが感じられてくる。

私は汁が飛ばないように白いエプロンを掛け、セルフサービスの水を注ぎ、ちらちらと拉麺を作っている様子を見ていた。

 

ここまで無言を貫く。
そして、思い切って、普段より少し威勢の良い声で注文を切り出した。

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今日の一曲

ストレートなアメリカンロック、お知り合いに教えていただいた。その方いわく掘っていくと、レーベル単位でチェックするようになるらしい。プレイヤーとしても存在するけど、音楽そもそも聴くのが大好きなもんです。 

70年代の方たち。まっすぐにバンドサウンド><

 

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