独りぼっちのささじぃ。

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

春迎ふる  3/3について

春迎ふる 

 

気がつけば48時間経過し、濃厚な瞬間に後ろ髪を引かれている。人のスイッチにはオンとオフの間に「狭間」が在る。いつもスイッチの狭間で生活をやりくり、営んでいる。

3/3 いわゆる季節の行事ごと。壇上に並びぬらりとした表情を浮かべる実家の人形たちを思い出しながら、呼吸をする。私は外出し都会の喧騒に溶け込み、円山町でお店番を行う。お店番でありながら、雑多なジャンルの交流を主としたイベントを催す。ある種のグルーブを感ずていただければ幸福。当日は素晴らしき女性ゲストにお越しいただいた。

 

彼女らの歌声は空間に対して、圧倒的な存在感を示していた。普遍的なコード進行が感動を押し上げる。憐憫、可憐、肉薄、柔和、様々な形容詞を並べられる時間と成る。根本のところは「人間」で在る限り、整理整頓は認識のために作られた概念であるはず。本質的にはその概念に必要性はそこまでないはずだと。

 

お節介の節はあれど別の世界との接点を与え、道を切り開く刺激となればさらに幸福。その感覚は周囲の心を持つ人たちのお陰で私自身が嗅いだことのある感覚。与える、貰うの循環は人間生活の普遍的な真理ではなかろうか。また一つ、駆り立てられたり。

 

今日の一曲、ビートルズ don't let me down

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