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独りぼっちのささじぃ。

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

『自然との共存から機械との共存へ』 言葉を使わずにナンパできる時代はすぐそこだ!

自我・感情・人間

自然との共存から機械との共存へ

 

「新しい時代の夜明けがもうそこまで来ている」それはとても普遍的な言葉ではなかろうか。時代・場所を選ばず語り継がれてきた寓話のような定石と想像が出来る。VR、AI、自動運転、マイナンバー制度と新たな時代を象徴するキーワードがそこら中に湧いている。

 

現在では世間の周知のものとなっているが、5年前を考えるとそんな言葉は奥深く眠る金塊のようなものだったはず。時代を俯瞰的に眺めたとき、現在が大きな技術革新の節目であることは間違いなさそう。

 

「ほとんどの仕事がロボットに取って代わられる」と言われているが、何かを生み出すことで人は新たな需要を作ってきた。そうたやすく労働がなくなるとは思えない。

 

しかし、ロボットの存在はこれまで以上に大きくなるだろう。今のご年配の方が携帯電話の使い方を熟知していないように、自分が年老いたとき、若い人が当たり前に使いこなす何かを自分は理解できていないのだろう。

 

人類はそれを繰り返してきたのではないか。

 

言葉を使わずにナンパできる時代

 

握手すれば、相手と連絡先が交換できて相手の情報を知れる。夢のような未来と思っていたことが現実と化してきている。

 

街を歩いている時、お気に入りの娘が現れたとしよう。指ぱっちんの合図をすることで相手に好意があると伝える。それを見た娘は、指ぱっちんで「私も気になっているわ」と返してくる。

 

お互いの指ぱっちんが成立した瞬間、連絡先の交換は済んでいるのだ。街を歩いていること自体が出会い系、そんな時代も来るのではないか。現にアプリで似たようなものが存在しているような気がする。スタービーチミクシィで頑張っていたあの友達が目に浮かぶ。

 

瞬間は歴史的な実感を生まないが、確実に時代は流れているようだ。

 

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あっ、僕は断じて出会い系には、手をだしておりませんW(`0`)W