独りぼっちのささじぃ。

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

毎日、当たり前のように使っている『言葉』  その影響力を考え直してはみませんか?

今回はつらつらと書いていますが、すごく簡単に言うとこの2点です(´Д` )b

・ものに名前がなかったら、もろやべぇ

・言葉の影響力、底知れねぇ

 

 言葉は意味を与える

 

意味を与えるということは、限定するということ。

 

茶色くてどろっとした液体のようなもの、それは「カレー」と名付けられています。このように言葉によって指し示されることにより、基本的にカレーとしか呼ばなくなっているのです。

 

カレーという言葉を使わずにカレーを表現する・・「茶色くてどろっとした液体のようなもの」、「じゃがいもやお肉などを入れた料理」など考えてみれば、(人によって見え方が違うこともあり)無数の言い方ができます。

 

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出典 Flickr

 

こうやって改めて考えると、名前は共通認識として、みんなが混乱しないようにグループを作ってくれているものでもあるようです。種類はたくさんありますが、カレーはカレー、きちんと名前をつけて整頓してくれているようです。

 

ものに付けられた名前を言わずに人と会話するのは至難の技だと思います。『モノの名前言わないゲーム』などにすれば逆に盛り上がるかもしれませんね。ちなみに、付けられた名前をその言葉以外で指し示すのは、文章を書く上で使われる一つの技法なのだと思っております。

 

「ものに名前がある」って当たり前だけど、よくよく考えればとても不思議なことに感じますね。 

 

言葉の影響力

 

「君は悲しんだふりをしている」など状態を表す言葉は、悲しんでいるかどうかは見た人の基準なので、必ず主観的な断定を含みます。そう言ったことによって、第三者の主観的な判断に「あの人は悲しんだふりをしているのだ!」という情報が入っていきます。まさにこれが、言葉の持つ影響力ではないのでしょうか。

 

(この画像ゾクッとする。。こわい〜*_* )

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出典 Flickr

 

逆側から見れば、その影響力を使ってキャッチコピーなどが作られているのではないでしょうか。言葉の意味を読み取った時に「どこか自分と関係している」「こちらに問いかけている気がする」そう思わせる、つまり、その人の判断にどのように影響を与えるかがキャッチコピーの根本的な考え方の一つなのではないでしょうか。

 

日常的に特に意識せずとも、言葉というのはとても影響力があるものなのです。言葉に殺されたり、救われたり・・言葉によって感情はいかようにも変化します。

 

言葉のメンテナンス、必要ですね。

 

言葉との付き合い方、大切にしていきたいものです´Д` (しみじみ)