『散歩』 1000文字小説
OLの夏希は満たされない日々を送る。
彼女の趣味といえば、余計なものを一つ買うショッピングぐらいだ。
ショッピングは昔から好きだったが、余計なものを買うようになったのはいつからだったのだろうか。
そんな彼女も27歳になり結婚を考える。男女の隔たりなく人と付き合い、ずっと習っていたポーセラーツも板についてきた。なのに、自分で絵付けした皿だけが増えていく。
夏希は気分を晴らすために、散歩に出かけることにした。
彼女が住んでいるすぐ先に川が流れている土手の道がある。そこでは初々しい学生のカップルが愛の言葉を囁きあっているのだ。そんな学生を尻目に彼女はずんずんと歩く。
「この風景、何回目かしら」夏希はポツリとそうつぶやく・・・。
整備されていない草木はひしめき合い、川の向こうに見える隣町が凛とした姿で立っている。
「あの町にヒントが落ちているのかな。人間生活ですものね」仕事のない日の彼女はよくひとりでつぶやく。それは誰のためでもない。もちろん自分のためでも。
薄い雲の隙間から太陽が顔をのぞかせる。照りつけた太陽と自立したように咲く百日紅に夏希は元気をもらった。
腕時計は午後3時を指している。土手の下のグラウンドではラグビー少年たちが快活に動いている。楕円形のボールが宙に舞う時、余計な何かが削りとられる気がした。心がすっと軽くなっていると夏希は感じた。
乾いた土の上を歩く。曲がり角もなくひたすら真っ直ぐに。
道の途中には大きな樹木が3本ほど生えいてた。その木々の配置はおもしろく、まるで一つのチームを組んでいるようだった。
そこで、頭にしまい込んだはずの仕事が一気に思い出された。
「火曜日までにはあの資料を作らなきゃ。散歩なんてしている場合かしら」
道はどこまでも続いている。でも、夏希は引き返すことにした。帰り道、先ほどのカップルがまだいた。会話は無くなっているみたいだが、きちんと空気が循環している。
その場で立ち止まり願をかけるように、夏希は大きく深呼吸する。
「負けてらんないんだもん」そうつぶやきながら少し頬を膨らます。
年をとっても変わらない自分がいる。
「説得ではなく納得よ」帰り道での彼女はつぶやく回数がさらに増えていた。
気づけば太陽は雲に隠れている。
ひしめき合う草木も、ぴゅうっと吹く風に揺られていた。
外から見れば順風満帆に見える彼女も散歩をする。
出典 Flickr