心象記 -異花受粉-

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

違うけど同じ、同じ。なので、深刻に聞かない。

2020/04/02

 

人は惹かれあい出会う。

必然的であり過去を紐解いていく。30にもなれば、一周超えてきた人同士。

過去を少し、聞くだけで。皆まで言わずとも。違うけど同じ、同じ。なので、深刻に聞かない。

接点だけでみると一部分だけである。それで十分に伝わるという幻を感じられる想像力は多分ある。「欠落こそが君の哲学」と志人さんが言っていたけど、その欠落をお互いに補助できれば、なんとかできれば素敵ではないか。

 

依存と切り離し赦すこと。

 

人に対する理解とはそういう部分が含まれているのではないか。本当のことなどわからないゆえに、含めつつ、いけるところまでいって。

表面的にコントロールする技術を身につけても、役には立つけど特に何もない。

そして、お酒を飲んでは森田童子を聞くループから抜けられない。戻れないし、戻れないということを堂々と言えてしまう。

これは年齢のせいですか、ただ、酔っているのですか。

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