心象記 -異花受粉-

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

何層目のメタ認知。

2019年7月4日

 

働いている。連携し仕事をする。曖昧な空気のまま物事は結構な確率で進む。

白黒をつけるのではなく。客観的な結論にまで落とし込むのには労力もいる。その結論を先に気づいたものが、どれくらいファジーにして、その場を終わらせるのか。解釈次第で着地点は変わるけど、ある側面においては、良心の問題に行き着く。指導する人は、その指導内容、精神面を含めプラスαの存在として。何層目のメタ認知

 

別。健康診断にいくと、みんな薄い青の服を着ていた。全く同じ服で同じ時間を共有。椅子に座る、ひとつ開けて座る。他に席が空いているのに真横に座るのはやはり少し変。マナー、社会的通念を守り過ごす。話をするわけでもないのに生まれる一体感。同じ釜の飯を食べているような。ひとつの事柄に対しては平等で、さらにそこは非日常で、役割から逸脱できる/仮面を外せる。何とも月並みな設定。音楽を空間としての体験と捉えると、同じことであったり。


今日は久しぶりに浅草に。

広くみて、その上で選ばれた楽曲たち。かっこよかった。

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