独りぼっちのささじぃ。

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

子供向けアニメの主題歌の歌詞を見て哲学。

アニメの歌の本質度合いよ!

 

「なんでもかんでもみんな踊りを踊っているよ」

なんという凄まじい詞だ。パーティーの幕開けです。

  

子ども向けのアニメの主題歌って深い。こないだたまたま小学生のお子様とカラオケに行きまして・・カラオケの画面に現れる詞たちよ。

「そうさ、100%勇気!!もう頑張るしかないさ」

「ありは今日も働いている いつも働いている」なんだか一周している!

私はクレヨンしんちゃんちびまる子ちゃんを久しく見ていませんが、家族を中心としたアニメの見方が変わってそう。変わってそうというか、ある家庭を見て・・「家族っていいな」と心底思った次第です。笑

 

血が繋がっているいないに関わらず、喜びを共有する人が多いといいよね。

もちろん、そんな単純な話ではなく、美しいだけではないけど。背負っているがゆえの価値観の共有というか。

 

なんだかんだで生きている日数が増えるごとに、ひとりは寂しいという心情が強くなっている。依存ではなく自立した上での大切な人。

自らを聳えたたしたい欲も滴ることながら、どれだけ受け入れられるのか。時が経てばまた新たな感情が心を包みそう。さてはて、次はどんな情感。楽しみであり、忙しくもあり。

 

算段もなく忘却した感覚と迎え入れた敬意。誰がために働き生きる。感情に蓋をしないことを覚えると、そうストレスも溜まらない。

無理した愛想をしなくなったせいか、最近ユーモアの喪失がすごい。我が諧謔はどこへ飛んで行ったんだ。まあ、そう気にすることなく、こうなったら自分らしく思考し続ける。ありとぅーす\(^-^ )

 

近所の公園。いつに撮ったのだろうか。わかりませぬ(´Д` )

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