独りぼっちのささじぃ。

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

「ただいま、我思うゆえに我あり状態!!」 思想を持つということ。

思想を持つということ

 

「継続は力なり」耕し耕し。うむうむ。

歳とればとるだけ、魅力的になりたし。勢いと外見だけでは、ある程度歳いったらきついのかなとか思う。(→勢いも外見もないけど(´Д` ))本当はしがみつきたくないのに、しがみついている姿。格好良くもあるし、格好悪くもある。

 

しがみつている云々だけじゃなくて、ある程度思想が固まっているかどうかなのかな。

芯から固めていくと、思想が出来上がるのじゃないかなと。漠然だけど。

思想の定義はよもや置いといて、芯から固められた思想を持つ人の言葉は、強く響く。言った内容に対しての賛成・反対はあるだろうけど、とにかく届く。芯から固められた思想、それはその人の持つキャラクターを超えたものだと思う。キャラクターを決定づけるのとは少し違う。そして、思想を芯から固めるひとつの方法は読書だとつくづく思う。携帯電話の中にはない。(電子書籍はあるけど)

 

「音楽してて伝えたいこととかある?」と友達が言っていたと何回か前のブログで書いた。伝えたいことの有無ではなく、自分自身そのものを伝える、つまりは思想を伝えると変換したい。

 

思想とポリシーは違うと思う。ここでいう思想とはすごく抽象的だけど、感受してきた粒がひとつのものとして、米粒を集めたおにぎりのように固められてくる。決して目には見えないけど、存在する。主体的に考える大切さ。

情報が多すぎても、主体になれない。サービスに時間を費やすのも大切だけど、強固なものを作るには孤独な時間が必要なように思える。

  

孤独というか、研ぎ澄ます時間というか。遮断され、ひとつひとつ選び取る瞬間こそが造詣を深くしていく。思想・・漢字的に言うと「思って想う!!」つまりは、理論が心と一致したことか。

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・・あまりにも抽象的なので、、またどこかで書きます!(´Д` )!