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独りぼっちのささじぃ。

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

革命前夜の産声は満たされずに彷徨うなら、僕は外出する。

革命前夜の産声は満たされずに彷徨う。

 

規則を守りながらも、異常は必然となり得るのか。ストーリーは人当たりだ。

内面には、人が寄り付かない。いきなり部屋の中を覗かせているようなものだ。だが「すべきでない、すべきである」の価値基準では見えない世界がある。

 

内容を読み取るのは煩わしい。体力が必要となる。自らで自らを更新できないと理解が苦しくなる。やはり流行は厳然に安泰たるものだ。

 

裏を返せば、強い主張はその思想の枠に収まる。主張の瞬間に世界を定義する。思想は血と肉に溶け人格へと変貌する。その意味において柔軟を大切に扱う。

 

上記の主張はいつも普遍的であると、自身を形成する核として私の体内に宿る。音楽であろうと労働であろうと、核は洗い流せない。

 

春の兆しが徐々に近づいてくる。どんな季節になるのだろうか。キャンパスいっぱいに描く。樹木は緑へと色づき温風は心を安らげる。直立不動の電信柱の存在感は薄れる。

 

消化できないものはなく、ここ最近は空っぽだ。

収まるのではなく納める。導きは惹かれるものへと移動する。

 

天を翔け巣を作り守る。主題などなくともツバメだ。

日々をかけて創造した未来を流しこむ。矛先は鋭く、側には丸く。

 

僕は外出する。

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