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独りぼっちのささじぃ。

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

「なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?」  なぜなぜ分析を知っているかい?

新発見・発想の転換

太陽は東から昇り西へと沈む。

顔を出したその瞬間、新しい生命が誕生する。そして、消滅していく。

 

地球の周りを公転していると知らざる人たちは、命の生まれ変わりを1日ごとに拝んでいたという。夜眠るとはそういうことだ。

 

空気を吸い込み、太陽を与えられた蓮の花は泥の中から生まれる。

別世界の悟りを象徴した花は優雅に咲く。

絶叫は太陽や蓮の花には届かない。

 

現世などは凡庸の殴り合いだ。そうでなければ、債権の綱渡りだ。

 

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なぜなぜ分析

 

上の文章とここからは一切関係ないです(´Д` )

とりあえず、このポエトリーはリリックにしてみよう!

 

ここから本題!

 

会社の上の立場にいる大人の方と話した。

最近そういうことがよくある。話したというか説法を受けたという感じですが・・。

 

「自分を甘やかすのと大切にするのは違うよ」と言っていました。

そして、もっと自分を掘りなさいと。

自分の欲しいものを思い浮かべて、「それはなぜ欲しいのか」→「その答えはなぜなのか?」→「その答えはなぜなのか?」・・・と掘っていけば、人間の欲しいものはかなり共通していくそう。

 

最近会った別の人も自分自身に「なぜを問え」とおっしゃっていた。

 

Netflixで見たマサチューセッツ工科大学の先生も、生徒にアイデアを発表させ「なぜ?」を問いまくっていた。そこで、うまく説明ができなければ、そのアイデアは掘れていないとなる。

 

最近、この「なぜ?」と問う事象が周りにバンバンあります。これは、神の啓示ではなかろうか。大企業ホンダも、このなぜなぜ分析を取り入れているし使ってみよう。

 

ここで一つ発見。

会話で使えば、一生、話が続くんじゃないか!!(ただ、嫌われそう!!)

 

「今日はいい天気ですね」

「なぜ、いい天気なの?」

「いや、太陽が出てるし・・」

「なぜ、太陽が出てるの?」

「晴れているから。」

「なぜ、晴れているの?」

「しらん。」

「なぜ、知らないの?」

「勉強していないから」

「なぜ、勉強してないの?」

「必要がないと思ったから」

「なぜ、必要がないの?」

「普段、その会話をせえへんから」

「なぜ、普段その会話をしないの?」

「なぜなぜ言ってくる人がいないから」

「なぜ、なぜなぜ言ってくる人がいないの?」

「洗脳という悪魔が疑問を奪い去り、人類は真実から目を背け怠惰な幸福を享受しているから」

 

ええっと、、最後に思想がにじみ出る癖がでました(´Д` )

 

この会話での「なぜなぜ」、話があらぬ方向に行くと思いますが、ゲームとしてやってみる価値はあるのかも!

 

名付けて「なぜなぜゲーム」!!!

 

とにもかくにも「なぜ?」というのは、かなりのキーワードになりそうです(´Д` )!

かますびしい感じとかなりスムージー飲みたい感じなので、ここで失礼します!

ぷぎゃああ(´Д` )