『0と1の世界』 1000文字小説
この世は、表示されるものとされないものに分かれる。
例えば車、存在しているハンドルを存在している手で握りしめ運転する。
現れているからこそ、そういうことが可能である。
その時、車は事故を起こさないために記号という役割を果たしている。
外部から発信された記号を読み取り、反応を示し歩行者は行動を選択する。
人間たちは表示されるもの・しないものを無意識に捉えている。それの集合体が規則だ。
「よし、これで今週も終わり!」竹田は、そうつぶやく。
彼は食品会社に勤めて5年の中堅社員だ。営業部に所属している彼の成績はまずまずで、周りから可もなく不可もない一つの記号として、普通に扱われている。
もし、そうでなければとっくに会社を辞めていただろう。
そんな彼は、休日のほとんどの時間をネットサーフィンに費やしている。
画面越しに綺麗な風景を見つけて、「海外に行ってみたい」と一瞬は心を弾ませるが、それもその場限りの情緒だ。
竹田はアクティブに生きることに、面倒くささを感じているようだ。中学・高校とサッカーをしていたが、今は付き合いのフットサルにすら行かなくなった。
外はあいにくの雨だが、家に居る竹田にとって特に気にはならない。
雨、つまり、液体という性質を持った記号が地面に落ちている。
人は濡れることを避けるために、傘という「現れているもの」を天にかざす。
竹田も、そこに違和感を持たないうちの一人だ。
週末も終わり、明日から惰性的に仕事をこなす。何か先が見えているような生活だが、寂しさを紛らわすエネルギーを持っていない。
次の日、雨は上がっており、竹田は会社へと向かう。
コンビニに寄って、最近はまっている白薔薇コーヒーを手に取りレジに並ぶ。
大きなあくびを一つ、これで緊張はほぐれ、妙に体は温まる。
何度となく積み重ねた1日がまた増える。
ただ、竹田の場合は1日が流れていき、スライドしているのかもしれない。
会社の中では、特にいびられることもなく、可愛がられることもない。
社内での乾いた記号のやりとりは、日常に安心感を浸透させる。
何より、日常は疑惑を奪い去る。
彼の存在は、表示されていたはずが、徐々に表示されない方へと移っているようだ。結果、竹田は2進法の餌食になった。