読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

独りぼっちのささじぃ。

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

「認識の仕方を知るだけでセンスが磨かれる!?」 科学の方法を読んで

ほろっと読書感想文

科学と一口に言っても・・

 

最近、科学の本を読みます。

経済学、数学、哲学、医学、論理学・・。科学はいろいろと絡まりまくっていて、整理できませぬ。そして、専門的な本を読むには、基本的な知識と背景的知識をかなり有するような気がします。

 

人間に都合のいいように理論が立てられていたり、前提さえも仮定だったり。科学に関する問題(疑問)を出すのも人間なので、それは人間の都合なのだとか。数学においては人間で概念自体を作り出し、整数や公理、不完全性定理などを割り当てているように感じます。私の数学と言えば「サイン・コサイン・タンジェント」という魔法のような言葉が頭に残っているだけです。高校の数学などは一切わかっていません。あほです。

 

なので、ここから記すのはざっくりとした感想です。

きっちり学んできた人から見れば「何か間違っているよ!!」みたいなところもありそうですが、その辺りはあの日飛んでいた害のない蚊のように無視してください。

 

「科学の方法」の感想

 

「印象に残ったのは、古代の政治の議論から論理学は誕生したんだ」的な文章でした。「数学や科学、目覚ましい発展を遂げるIT技術が生まれるのも必然だったんだな」という月並みな感想を抱いています。

 

言葉という共通認識が生まれ、その共通認識から議題が生まれ理論が酷使され、ルールを作り出す。そのルールのもとで共同体を組み、文明が発展していく。人間の営みって大体は紐付くのか。私が紐付けているのか・・。神のみぞ知るというやつです。

 

f:id:sasaworks1990:20170205195200p:plain

 

「物を持っていて手を離したら、下に落ちる」「地面に足がついている」生まれた時からそうなので何ら驚きません。しかし、物が常に浮いている空間に生まれついた可能性もなくはないはず。(人間が生きられるかは置いといて)

 

まず「物を離した時に下に落ちるって、奇跡的なことなんだ!!!」と思ったわけです。

 

奇跡的だと感動すれば、「なぜそうなるのだ?」と気になるのが人間。

相対性理論がナンダカンダ叫ぶ感じだと思いますが、全然わかりません。興味のベクトルがまた増えたぞよ。

 

というように、興味を持ったけどほったらかしにしている事象が沢山あります。

興味を持ったら基本的なところから勉強していかないとダメだね(´Д` )。。

 

(話をがらっと変えます)

 

目には見えないエネルギーや電磁波・・etc

原理を知っていても実際的な行動は変わらないのかもしれない。

 

ただ原理を知っていると認識の仕方に、差が出ると思う。

「音を聞く」というのは、長ったらしくいうと「空気の圧力変化が波として伝わり鼓膜が振動し、その振動の信号が脳に伝わり、脳が音として判断している」と言える。(これ以上、細かく言うことだって可能な気もしますが)

 

当たり前すぎて触れないことだって、解明していけばすごい細かな流れがあると思うんです。最小単位から辿っていくのって、大切な気がするんです。

 

ここで何を主張したかったというと・・

「上記のような認識の仕方を知っていると(根源的なところ、最小単位から探ると)、より物事の本質に迫れる捉え方ができるのではないか」ということです。そういった認識の仕方を知ることで感知する能力が上がる。(感知する能力は知っているか知らないかに影響されるというのが前提です)

 

ひいては、センスがある人になれる!!!・・かもです。

 

ごちゃごちゃと書きましたが、専門書的なものを読むときは、基本的なことがわかっていないと効果は半減するという命題は証明されました。涙

 

では、考えゴリラでお別れです(´Д` )bさよなら〜(*_*)

R0023107