心象記

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。 - 総合芸術家集団「auly mosquito」 代表 http://auly-mosquito.com ・HomePage http://so-sasatani.com

奥底にひそむものを写す、自分では運んでこれない鏡。

2020/05/25

 

人の良心に基づく社会的道義に背いた行いや心。

その人の基準の中では”背いている”としていることなのに行う。やってはいけないことはしたくなるものなのか、天邪鬼。何もかえりみず、その行為そのものを本当はしたいと思っている、欲望。わざわざそれを人前であったり、社会の中で表明する人はいない。背徳には、”してはいけないという理性”と”したいという欲望”が混ざっているのか。綺麗事では語れない生々しさ、自分のどこかにも潜んでいるかもしれないもの。

 

こういった主題のものに強い力があるのは、誰しもが多かれ少なかれ持っているか感覚だからこそ、そこに人間らしさを感じ取りやすいのか。(違うと思いたいという意志を抜きにした)共感が生まれやすいのか。背徳という単語が適切かどうかは自信がないか、欲望は人間を考える上で外せない要素としか思えない。

 

奥底にひそむものを写す、自分では運んでこれない鏡。

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