智慧の記

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。 - 総合芸術家集団「auly mosquito」 代表 http://auly-mosquito.com ・HomePage http://so-sasatani.com

心の玉ねぎ化

2020/08/22

 

最近、読書熱が戻ってきた。数年前は本を読んでも何も頭に残らなかったのに、少しは残るようになっている。ひとつの塊がそのまま、箱に入っていて引きだせる感覚。頭の中の謎のイメージの障壁にぶつかることもなく。知ることによって見え方も在り方も、言動や行動もいい方向にいくと思っている。直感。


心の奥底にある核の部分に触れると、痛みが伴う。木が年輪を増やすように一番の核は新たな層で包まれていく。やすやすと触れられないように。精神的な意味合いにおいて、身を守る術とは、この層を作っていくことではなかろうか。ひとまず"心の玉ねぎ化"と名付けよう。


玉ねぎを何層重ねようが、鋭利な刃をもつ包丁で切りこめば中心地に届く。またかと思うが、夜が明ければ層は再生されている。歩いているのに空間が移動しない、もしくは空間が変形し襲ってくる。よくない時の基準も知っている。細胞の入れ替えか、新旧混ざった玉ねぎの選別か。新陳代謝、と処理をする。


ここまで「歳をとると丸くなる」を言い換えた。写真は先日、駅から歩いて帰った時。

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