『労働と終着駅』 1000文字小説
はったりゆえの・・可憐に膨らむ乳房を手探りで見つけたい。
「改札を出たところで待ち合わせね」その言葉を何度も繰り返す想像上の彼女。
駅までのルートは覚えたが、不安は残る。本当に彼女はいるのだろうか。疑問を練り直す作業が続く。手すりにつかまり一段いちだん確実に階段を登れば、彼女へと近づく。その原理や理屈だけが彼を助けた。想像の産物は著しく頼りないと知っているからか、彼の額からは大量の汗が流れている。
彼女は改札の前でどんな顔をしているのだろう。窓ガラスの先にいる車掌さんを眺めほくそ笑んでいるのかもしれない。堂々とした骨格から作り出される輪郭に女の主張が詰め込まれていると彼は期待する。
「さっきから何をジロジロみているの。たじろぎたいの?」
「たじろぎたいわけではないよ。君を知っていると言いたいんだ」
「それなら別の方法で良くて?」
「何だか締まりがないよ」
彼は手をこすり合わせながら嘆願するように再び彼女を眺めた。目はピクリともせず、ピンと張った背筋は彼女そのものを表している。
「こんなに張り詰める予定ではなかった。改札を隔てて僕と君がいるだけなのに」
「それ以外の何もないの?私に用はないのと同じね」
「改札を通れば、君に逢えるんだ」
喉につっかえた言葉をあぶり出す彼の右隣の改札から人がどんどんと通り抜ける。新しさを追いかけ、用事を潰しに、まるで今日の山場を迎えたかのように改札を利用する。
このままでは乳房にたどり着けない。一からやり直してみるしかない。
「彼女でないとだめなんだ。彼女でないと成り立たないんだ」
一人つぶやく彼の背中は丸まっている。原因を探し出す彼の目はすでに潤んでいる。
「今日はぼんやりとしすぎた。あきらめることにしたよ」
「あら、そう。今日は悪くないと思ったんだけど」
「アメとムチを与え続ける?ありゃあ、プロがやることだよ。調教なんぞ、これっきし・・。さあ、返してくれる?」
「もういい加減、何回目?」
口を尖らせて言う彼女の足元から乾いた土がでてきた。その土は時間に比例して彼女を埋めつくしていく。
「私は別にあなたじゃなくてよかってよ」
「その言葉ももらい飽きたよ。もう少し気の利いた洒落を言ってくれよ」
先ほどまでにはなかった強気な姿勢の彼の足元からも土がでてきた。
改札を隔てた二人の身体の半分は土で埋まっていた。
彼は予想に反して、今日もよく働いたのだ。