智慧の記

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。 - 総合芸術家集団「auly mosquito」 代表 http://auly-mosquito.com ・HomePage http://so-sasatani.com

今日はそんなことを考えていた

いきなりトーンが変わるけど、子どもの成長を見守りたいし、久しぶりにイベントに行くと好きな人もいっぱいいて感動的に楽しいし、世の中知らないことだらけだし、まだ全然死にたくない。

陽が沈めばやがて思考は変化する

おいそれと日々を綴ろうと思いながら、月が変わった。「月が変わって7月よ」というセーラームーンの決めゼリフ"月に変わってお仕置きよ"をサンプリングしたツイートを目にした。月が変わるたびにそのつぶやきを思い出すのだろうか。

「作品が色んな世界に連れて行ってくれる」と言っていたことを仕事中ふと思い出す。

知りたいと思う気持ち、動機はそこにあるみたい。

人間皮袋

今日、肩が発火するのかと思うぐらい熱かったので、マッサージにいった。

「今日はこれぐらい欠けているのかぁ」とかしみじみいきたい

ギターを弾く振りやら、暦やら季語やらヒトラーとチャップリンやらを調べたりして過ごした。

小さな容器3本に血を入れるらしい。

どんなスプーンを用意してんねんと少し思ったけど、これは少ないのかと、へぇとか気の抜けた返事をしていた。

いつも同じ世界線に戻ってくる。

荒いそのままをなぜ痩せ細ったロウソクのようにするのか。型に勝るは情念か。

ある人を思い出した時にどういう気持ちになるのか、大切な気がする。

二人ともサルヴァドール出身。サルヴァドールはポルトガル語で救世主、つまりキリストを意味するのだそう。

「自分の感覚を当てにすることは辞めにしていきたい」今日1日をなぞった

確かに無思考だと善悪に関わらず、エネルギー量の強いものにただ人は吸い寄せられていく。

頭の隅にでも、書道のことを置けたのは嬉しいこと。

お土産に東京ミルクファクトリーというお店のクッキーをいただいた。ありがとうございます。美味しくいただきます。

僅かな木の成長を喜べる人間であろうと思った6月の中盤の今日。

鉄分を取りたい気持ちが増幅し日高屋のレバニラを食べる。Tanya stephensのMVを漁る。酔ってきたせいか、やたらと身に染みる。

(2020-06-10) 規定的なハンコ

青年も女性も同じ穴のムジナであり、人生に捕らえられた人間、君とあなたのような関係なのである。

(2020060-7) 目玉焼きと女性A_

「引き取りは私が担当します」と言わんばかりの顔で、餌を巣に持ち帰るアリのように道しるべを見失わずに進む。

(2020060-5)心象_2時間で記憶をなくす少女

他者への冒涜、良心の呵責。親しい間柄を修復しようと試みるあなたと遜色なく、さあ、土の墓に埋めてしまおう。決意の朝は寒く孤独で、楽しい。

心象_20200603

つまり、揺らぐ波、揺らがない波、サーフボードを持参する必要はなく、海岸からその波をずっと見つめる。やがて海は穏やかになり太陽は月へと変わる。

ゆびを折って数えた

4.老婆が横切る

奥底にひそむものを写す、自分では運んでこれない鏡。

綺麗事では語れない生々しさ、自分のどこかにも潜んでいるかもしれないもの。

出会いとは感覚を交換すること?これは文字に起こす必要があったのか?そんな日。

謎を欲しているのか?

「優しいことが正しいとばかり思っていた。だから、記憶、なくなるのか」

家の扉を開け外に出ると、濁った色の上履のような曇り空が、一面に広がっている。

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言葉、細部をみれば微妙に違う赤色だが、それは赤色であり共通的に赤色を想起させる。作者と受け手の認識。

特筆すべきのない平凡なふたり:寿司の写真を貼ろう。

あきらめや卑しさのないトーンで京子は奈美子に言葉をかえす。続けて、記憶をひとつ頬張り、「窓の隙間から入る光みたいね。その傷はいつ頃からあったの」と矢継ぎ早に奈美子に話す。

知りたいと思うには全部違うと知ることだ

遠回りのようであり、探求する行為には深い愛情があると思う。

眠り起きる限り、つづく。

物めずらしい建物はなくとも、連続する造形物を統合してとらえたときに、ひとつの調和となる。

トライコームとよばれる葉に生えている産毛が白くうっすらとみえる。

網の目から覗かれたインスピレーション、道路を横断する無数の車と遮断された通信。

少しの「公園観察記」

私はサンダルを脱ぎ、ベンチの上で胡座をかき、辺りを見回し園内の観察を続ける。描写、風景を言葉にしてみた。

本当の原因などわからない。

確定させないことで、より原因を緻密に探れたり、自らを省みたりできると思う。

他に影響を与えるとは、本人がどれだけ没頭したかどうかなのだろうか、

好きこそものの上手なれを考えると、「ゴロワーズを吸ったことがあるかい」の歌詞が頭に浮かぶ。

何よりも、君が見たかった未来はこれでいいとも思う。

自分は誰とも一体になれないのか。人と一体になるにはどうすればよいのか。

「赤子は泣きながら生まれる」というリリックがあった。

にらめっこであった場合、闘技場からの失踪、つまり、天井の不戦勝である。しかし、こちらが首を上にあげれば見事に再入場である。

恋人のような錯覚に陥る。

どう過ごそうと、何を考えようと、夜がくればまた疼く。何かあったような、なんでもないような日に書けるのか。