日記

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。 - 総合芸術家集団「auly mosquito」 代表 http://auly-mosquito.com ・HomePage http://so-sasatani.com

日常の背中には、いつも非日常がくっついている。

2020/07/08

 

長いようで短い一日だった。良いアルバムをたくさん聞けたし、良い詩集を読めたし、映画を中途半端に観たり、作品にやたらと触れた日だった。


配信でもご一緒させていただいている佐藤yuupopicさんの「野球という名の、ひかりに似たもの」を読んだ。数ヶ月前に入手していた。やっと手をつけたのはマイペースが成せる技。ご愛嬌。一人の言い分。


野球を通じて日常の温かみを凝縮していて、ほっこりしていたら。
日常の背中には、いつも非日常がくっついている。人工的なものも含めて災害が起こると、日常は瞬く間に吹き飛ぶ。非日常的な表現に恋い焦がれるのも、日常を生きているからなのか。

 

家族が寝静まった部屋でひっそりと詩を書く。雨の音が心地いい。完全に触発されている。色んな芸術家に触れる、会いにいきたい。

明らかに芸術が一番カッコいいと思う。ひとつの信仰。

昨日か一昨日か、"スローなブギにしてくれ"を観てからwant you〜というフレーズが頭を無限ループしている。

 

写真は道路の横断中。

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