「優しいことが正しいとばかり思っていた。だから、記憶、なくなるのか」
空っぽの頭に、釘を打たれたような衝撃がある。数日感の記憶はどこかへ消えたが、僕はここにいる。同時にベンチに腰掛けホッと一息をついたような安堵感もある。その境界をふらふらとしている。 家の扉を開け外に出ると、濁った色の上履のような曇り空が、一面に広がっている。
思い出は忽然と姿を消すが、きみは確かにいると確信し歩く。寒い春、傘を差して駅に向かっている。行きつけだった小さな蕎麦屋さんのシャッターが閉まっている。いつか、潰れるだろうとは頭によぎっていたけども、このタイミングとは思ってもみなかった。
「優しいことが正しいとばかり思っていた。だから、記憶、なくなるのか」
きみに会いに行くことと関係のない思いばかりが浮かぶ。駅までの道は遠い。踏切りを待つあなたはずっとそこにいるはずだと、僕はまた決めつける。