心象記 -異花受粉-

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

後ろに

2019/09/10

 

種。争い。動物的本能、人間的理性。

人間は共生する方法を見つけ出し、共に生きていく方法を編み出してきた。一周はひとりの一生分より長く。そのためか、時代に適応する方法ばかりを先行させる、と、決めてしまうのは(その思考に支配されると)、感傷が過ぎるのだろうか。ほぼ全てが自らのストレスを転嫁させるための誇大妄想なのか。 報復の積み重ねが世界のいたるところで。何やら、平和ボケが生んだ思考の一つのような気もしてくる。

 

背筋が凍る、身の毛もよだつ経験のなきもの。何か曖昧な、説明のつかない、どの言葉で表せばいいのか分からない、抽象的な概念ばかりが跡をつけてくる。日々、印をつけてやりくりをしている。

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