心象記 -異花受粉-

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

昼行灯

2019/09/03

 

東京は東村山の方へ向かった。池袋や上野など、中心的な場所へ出向く時とは違った。周囲の建物の高さは一段と低くなり、走る電車からは時折、個人経営の居酒屋が見える。まだ午前の十時を過ぎたばかりである。しんとした車内には本を読む女性がいる。その本は薄茶色のカバーで覆われていた。


眉間にしわを寄せ、顎には三重の線を浮かべている。小さなピアスが耳たぶに埋め込まれており、その様子は妙である。

 

しばらくして電車は新小平駅に到着した。青梅街道駅へは一度、改札を出て歩かなければならない。残暑の中、黙々と駅に向かった。その途中、忘れ物をしていると気がついた。来た道を戻り、新小平駅から家の方へと向かった。


時間を無駄にしたものだと、憤慨した。

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