心象記 -異花受粉-

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

「詩はどの時点で完成と呼ぶのか」というテーマを挙げました

取り急ぎ

 

トークイベント、来て頂いた方、見ていただいた方、ありがとうございます。初めてトークイベントを主催しましたが、皆様のおかげもあり、なんとかかんとか、成り立ったかと思います。

 

MCの立場だったので、ちょいと見返さないと色々と追いついていなく、ひっそりと皆様の意見を見返してみます。いやはや、脳の作りが関係しているのか、人間の特質とは何であるのか、性格というのは何によって形成されるのか、またその形成された性格は何をどう嗜好するのか。好きに嫌い、共通する認識や意味。トークイベント後も謎は深まるばかり。

 

ひとつ、「詩はどの時点で完成と呼ぶのか」というテーマを挙げました。それはもはや論じることではなく、「その人が完成って言ったら完成!」の一言で済む話。そこからあえて言葉を絞り出すと、不毛なものにも意味を与えられるのではないかと、そんな着想から。

 

また、後日ゆっくり振りかえろうと思います。

 

今日は主催者。そして、明日はライブ。
切り替えつつ、今日は良い一日に。
明日も良い一日に。

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