心象記 -異花受粉-

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

今もなお、表現を探す。

感情移入は自己を滅ぼしうる危険性を孕む。また、大きな喜びを得ることもできる。人間は情を持ち接することで、他者に自己を投影していたり。その中で育まれて、自分を見つけるというより見出す感覚。共感することと孤独であることは交わることはないのでしょうか。心をえぐり取れるゆえに、意味の通っていない滅裂とした、言葉の羅列さえも作品と呼ぶのでしょうか。分からないものと対峙した時の人間の反応。異常に正常化された日常。常にあること。詭弁的散文、論理的思考。曖昧に甘えた駄文。感情は矛盾しているのだから、それを綜合もせず、並べる。意味は不明だが、可能性は意外にそういうところに十分にあると思っている。意味不明のあり方、作為的に滅裂させているという当人の意識があれば、成り立つ。

 

今もなお、表現を探す。

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