心象記 -異花受粉-

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

人前で述べる意味や意義。

表現 伝う

 

「人々がいい方向に転がるには」と頭でよく考えます。今日は少し西荻窪のイベントにお邪魔しましたが、そこでヒントを得た。何かを表明する力、根幹の主張。

ステージ、いただいた時間、ライブで何を述べ伝えるのか。書いた歌詞の抽象性だけではやりきれない。「表現」という母体を、どの角度で照らし、噛み砕き、伝うのか。

 

表現の価値を再発見してもらいたいのか。それらはその人にとって必要か不必要かはわからない。自分が感じたこと、考えたことを真っ直ぐに、どう思われるかを先に考えても仕方ない。口を開かねば。自戒の念ばかりでは何も浮かばれず。

 

189 という電話番号。それは子どもが虐待されているのを救うホットラインと初めて知った。知っている母体が多いだけで、救われる可能性が高くなる。いいことを知れた。

 

自分の当たり前は自分の中での当たり前であって、他の人からすると新鮮だったりするもの。落とし込んだ心象をライブで伝えていければ。人前で述べる意味や意義。力になるとはそういう事なのかもしれない。 

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