心象記 -異花受粉-

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

新しい環境について

新しい環境について

 

人間の心理などはもはや信用できないと考えるのも良いかもしれない。心理は気まぐれ、主に外的要因に起因しているように身を以ておもう。年が明けてから、新しい環境が始まった。いきなり馴染めといわれても少し時間がかかるようだ。いってしまうと、ストレス的な負荷がかかっている。

 

ストレスという負荷を受けている主人公(主客)と、それを冷静に眺めている自分(客体)、そのバランスがいいと、新しい環境の負荷は次への火種となる。しかし、客体と主体が曖昧になってくると、わけがわからなくなり壊れる。そういう意味では、最近は壊れ気味。 

 

いやはや、要するに捉えようで変わる、その壊れ気味の時にしかない感覚もあるはず。様々な人の気持ちを知る、それは、自分の指標。座右の銘としている「客観性に収斂する」とはそういうことでありたい。

 

少し危ういところもあるけど、「その時は、本当にそう思った」の積み重ねが、表現を、説得力を生むのではないか。どうしても疑問形で終わってしまうところが、壊れ気味と気づいたり。それでもきちんと生きられている。眠たいとも思える。ああ、よくもわるくもまさに心象記となってきた。

 

浅草へ

 

今日も今日とて浅草に飲みに行った。(久しぶりの南風さんはやはり破天荒)

ステッカーが素敵。

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木の温かみのスピーカー。(いつか自作したいと思いつつ)

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そして、ヒップホップを浴びた。

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2019年、書き初めをした。「あいさつ」と書いた。

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今年は、勝負の年!(壊れない程度にいろいろ前倒しに)