独りぼっちのささじぃ。

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

どれだけ知れば世界を理解できるのだろう

いざ、宇田川ジャムロックへ

 

昨日は、渋谷のnatural vybzのパーティに行ってまいりました。natural vybzの音がパワーアップしていた。音が深くなっているというか。超かっこよか。なにより、自分たちの道を邁進している感が刺激になります。

 

色々なところに行ってみると、「自分」というのは関係性の中にあり、相対的なものでしかないと実感を持って感じられた。自分にとっては「普通」も、「普通」でなかったり。なんでもない「当たり前」が人から見たら個性に見えたりと。一人で盲目的になり感じたことも、人の中の関係性に目を向ければなんでもなかったり。

 

パーティのオーガナイズの仕方とかも素敵で楽しませてもらいました。久しぶりにドーラちゃんに会えたりでいい一日になりましたと。リリースおめでとうございます。

 

(バナナを持つバナナちゃん)

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(naturalvybz自前のスピーカー、めっちゃつまみあるけどどういう効果なんだろう)

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「あんた、久しぶりやな!会えてよかったわ。これ私の気持ちやから受け取って」帰り際ドーラちゃんはそう言いました。手を開いてみると、そこにはまん丸な粘着テープがありました。

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世の中を様々な角度から見つめ続ける。その時、自分がどういう行動をとっているのか。ある意味、消去法的なのかもしれないが、そこに思想が育つのではないか。政治、ビジネス、宗教、芸術、環境、科学、考えることはたくさん。どれだけ知れば世界を理解できるのだろう。