つらつらと独り言、言葉に落とすこと、書くことによって。
夏が終わり少し涼しくなった。相変わらず日常に埋もれそうになりながら、過ごしています。色んな人と会って話せたり、十分に楽しい日々を送れています。
志もあったり、その純度も高く、行動にしてみる。それなのに違和感はずっと胸のうちにある、なぜだろう。急激に感情が高騰する類のものではなく、すごく慢性的である。
やはり、主観的な感覚ゆえに名前をつけづらい。孤独といえば孤独。
チクチクと刺さっている、外に目を向けたくても、まず内の処理を行わないといけない。内が耐えられる分は、外を動かす。確実な何か、決定的な瞬間。そういうものがあるのではないかと、淡い期待も寄せたり。
この状態がイヤかと言われると、不思議なものでそうでもなかったり、無心になりたいとも思わず。何かに没頭することが一時的な対処、この感覚もエネルギーに変換できると思っている。その「一時的な対処」を創ることに昇華させる。また、やってくるならまた創る。
創ることの根源はどこまでいっても人間なのかと。果て。無意識的に何かを考えてしまっている、その何かと、ずっと自身の中で対話を繰り返している。どこの部分を吐き出すか、それによっては支離滅裂。
つらつらと独り言、言葉に落とすこと。
書くことによって。