独りぼっちのささじぃ。

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

暑中見舞い

暑中見舞い

 

頬に引っ掻き傷がついております。

首にも引っ掻き傷がついております。小生、猫は飼っておりません。

同じほど、自由な性分ですから、大変さが倍になりそうと考えます。どこから傷が・・、ふと、手の爪を見ると短く切られておりますが、ガタガタで。

  

「海岸線が隆起している、まるで、リアス式海岸みたいですね」

 

さすがに其処までは見出せていません。

悪い夢を見た日は、頬に引っ掻き傷がついています。魘されて、思わず・・と想像しましたが、シンプルに日本列島を包んでいる暑さのせいなのかもしれないですね。足で布団を剥ぎ、半ば眠っている状態で。

 

どうしようもない猛暑、ツルツルとした饂飩が食べたいです。酢橘をかけて食したいものです。願いとは裏腹に車が行き交う交差点をただいま、歩いております。

 

おや、道にタイヤが三輪ついた自転車があります。めずらしいものを見かけると、なんだか「おかげさま」でと言いたくなります。街に血が通っているようですね。

申し遅れました。今日も懲りずに、浅草周辺をぶらぶらしています。

 

あら、自転車のカゴにギザギザのついた洗濯板が置いてありました。さらに、「出前致します」と書かれた店の看板を見かけました。

今日はどうやら運ぶことに御縁がありそうですね。

 

季節に挨拶をすると、ちょっとした「あっ」と思うことと出逢うものです。

どうか皆様も、夏バテにはお気をつけくださいね。

 

笹谷創

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