独りぼっちのささじぃ。

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

日本に住むなら、浅草で生活しようと決めた日。

浅草に住む

 

 いやあ、浅草いい場所。

ちょこちょこは通ってたけど、何か生きてたら、一年に一回ぐらい直感が働くことがあります。いわゆる「きっかけ」と呼びます。「こうなることが決まっていたんだ!」というと、運命感じるおじさんの如くですが、あながちその通りでござす。

 

「日本に住むなら、浅草で生活しようと決めた日。」

 

トンテキ元気・浅草ちゃんこ場さんのイベントに立ち寄りました。

一階は繊細で妙にエキゾチックな音楽が、二階は鬼の宴会。

(1階)

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(2階)

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これぞ、浅草と感じました。夏に行った石垣島と同じ匂いがしました。

「何かようわからんけど、自分、音楽やっているらしいなー。がんばりやー」と気さくに声を掛けてくれはる感じが似ていて、ときめいています。近所の子どもさん(9歳)のビートボックスの上手さとか。町から健康が溢れている。

「そういう場所を求めるのは、純正な大阪の血!」

 

チョップさんのライブを拝見させていただきましたが、町との相性に生まれ育った感というか、これぞ「本物」だと思いました。興味深すぎて、帰ってきても眠れなかった。

(画がすごすぎる!)

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最近、斎藤茂吉さんの随筆を読んでいて、日本語の侘び寂びといいますか、漢字にカタカナに平仮名に輸入された英語、日本に生まれたから、その文化の匂いは音楽にも取り入れたいと。音自体というか、もはや、精神性の問題として。何かしらの文化を。

 

文化とは客観的なものであり、誰しもが潜在的な感覚として持っているものと思ってまして、文化の精神性があるとそれが引き出され魅力満載なのかなと・・。

僭越ながら考察させていただいております。

 

日本語って単純に字面が美しい。文章でも英語の方がやわからくグルーブがあるように思えますが、世の中のあらゆる事物と一緒で一長一短だと思いやす。浅草に行って、そんなことを考えました。

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そんなことを思いながら、半ば、夢うつつ状態の時、「地味で茫洋としているのですが、何だかとても惹かれます」母親からそんなLINEがきました。

 

「茫洋」・・、ぼうようと読むんだそう。意味は「ひろびろとしたさま。また、目当てがつかないさま」らしい。心くすぐる、めっちゃ使いたくなる熟語「茫洋」。

タイトルから発想を広げるという意味で、「茫洋」という曲を作曲してみよう。

(見事にイメージの問題に発展中!)

  

そういえばイメージから作った曲があった。

回廊の家というタイトル。回廊、それは長くて屈折した廊下。

長くて長くて、いくら迷えども出れない、端的にいえば、映像を含めて世にも奇妙な物語の世界観を意識して作曲したやつです。お聞きあ〜〜れ〜。

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