独りぼっちのささじぃ。

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

人生を楽しみたいなら、知的好奇心を常に更新することさ

疑問の連続 

 

木から鉄から銅から銀からプラスチックから、何からできているんだのと、また疑問。
モノは何かしらの素材からできている、さらに言えば原子からできている。(原子からできている、それはつまり...どういうことだ) 存在が先に有り、そこから名称を当てはめる、つまりや、存在より先に認識がある。そこからではないか。原子がどういうことというのは、その認識を使うことから始まるのではないか。

 
よく分からない。

よく分からないとはどういう状態か、イメージができていない、つまり、自分の整理の方法に落とし込めていない状態か。ヒントやきっかけとなるものさえも思いつかない、ストックと結びつかない状態か。

 

心臓や手足とそれぞれ、人間の体には機能がある。肌、毛、目、見えない筋肉、ニューロン、人間という生物の構成要素は無数にありそう。

コンピュータにも構成要素はあり、aがb状態だからcに影響を及ぼす。構成要素からなるすべてのものの基本は、上記の一文からなり得るのではないか。(ただ、複雑すぎて解明するの不可能そうなことはありそう)

 

規則や法則、つまり前提を決定できたなら卓上電卓、コンピュータさんが働いてくれそう。

 

疑問が止まらず。

 

何はともあれ溶接の本を読んでみたんです。専門用語も多く、字を追っているだけではどういうことかすこぶる分からないまま。


このままでは専門用語に目を通して、うっとりと甘美に浸るナルシシズムもどきだ!
尻相撲をさせられたときのような恥ずかしさ!

 

最小単位へ落とし込む、リズムも考えもどれだけ細かく刻めるかにかかってくる。それは、ある種の最小単位への渇望。

そしてもう一つ、専門用語の大切さ、というか言葉を覚えるということ。事物の構造の理解だけではない、文筆活動、人間の器、もうひとつステップアップしたいなら。


虚栄心を満たすための知識はむなしいけど、専門用語に触れていたい、具体的にどうしたいとかではないのですが、変な意味じゃなくて、常に別の世界に触れていたいわけです。スナフキン風味に「人生を楽しみたいなら、知的好奇心を常に更新することさ」と言うさ。

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