独りぼっちのささじぃ。

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

なるべく、みんなが良い方向に転がるように。

良い方向へ

 

先週末から怒涛の日々が続いております。
平穏無事に過ごしている所存でございますが、いかんせん時間は早く過ぎ去ります。

 

金曜日は「下北沢」で夜通し遊びました。意外なところで意外な方とお会いしたり、偶然や必然が相まって、夜走る列車のごとく、軽やかな盛り上がりを見せております。

 

記憶の半分くらいはあるのかないのか、定かではございませんが、充実しております。ジャンルという枠にとらわれず、音楽を軸に西に東に奔走しております。

サイケデリックな世界に没入したり、朝から桜を愛でるために青いシートの上で寝そべってみたり、日常や非日常にご挨拶しております。

 

大きな目標や意志を持った人、熱を帯びている人、ふわふわ生きている人、依存している人、謎めいている人。たくさんいます。各人の良いの「定義」など分かりませんが、出会った人たちが「良い」方向に転がってほしいばかりです。

 

また、自分自身が人様を「良い」方向に転がせる人間で有りたいと思うばかりです。問い続けた心の根が少しづつ、熟してきております。そのためにも得たいものもあります。目に見えるものを捉えつつ、焦らず、代わりのないものへと。

 

最近のi phone内の思い出たち。

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芸術といったもの、その関心もずっと胸に。

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