独りぼっちのささじぃ。

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

「寒い日に」

寒い日

 

突然の大寒波が関東地方を襲う。目を覚まし窓を覗けば、地面に向かい歪曲した粒が滴り落ちる。ソファーに腰掛け、レコードの自動開始ボタンを押す。アルミ製の回転盤に乗せられたバイナル盤は気のせいか少しばかり始動が遅い。歴史を彩ったシンガーに耳を傾け、少しばかり微睡む。夢うつつに流れる音楽、節回しは個性やスタイルを生み出している。否、節回しに個性が宿っている。

  

昼、良質な何か、それだけで一つの世界観、作品を創り出す作業は続く。「納得」の定位すら知らずに時間は過ぎる。焦燥と夢中の間で揺れる時間、いわゆる時間的な余裕が怠惰を生む。その怠惰を人間の特質といわんばかりの態度で作業を続ける。

 

夜、浅草へ、地下の階段を降り馴染みの場所へと入る。心地のいい異空間は心臓を落ち着ける。さらに新高円寺へと移動。熱気あふれる会場にかき鳴らされるバンドサウンド。

 

ひとつの形を為すことは美しい。工程自体に付いた色はさらに鮮明になる。目標とは人間の暇つぶし、また、生の結晶であると。また、自らも目標、ひとつの形を為すことに取り憑かれ日々を過ごす。「為すことは人生の最大の謳歌である」といつか相棒が話していた。

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