独りぼっちのささじぃ。

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

「思い出は暖かさの産物なのかい」 ありがとうです、浅草。

浅草へ 

 

東京に引っ越して来てこんにゃく屋さんで働いていた時、こんなに浅草に来るとは想像もつかなかった。今は今が当たり前だけど、振り返ると状況というのは様変わり。集団を作って活動するつもりは特になかったし。

 

25の時に初めて将来を考えてみた。(遅っ!)
とりあえず、公私が混合した生活をしたいと思った。仕事のための仕事では死ねない!みたいな気持ちがあった。後、単純に「友達と飯食えたら楽しそうだね」という気持ちもいくらか潜んでいた。夢見心地おじさんだからこそ、寝ても醒めても起きてるみたいな感じです。(←意味わからへん) 

 

やればれやるだけ近づくのだから、創って動いて創って動いて創って動いて創りながら掴む。いっぱい動いていけば、ことは起きる。「ことが起きる」とは、もしかすると、誰かに何かを乗っけていることになっているのかもしれない。だからこそ、根源的な思いやりを忘れずに。

 

何はともあれ、浅草buttobiに行って店長のとりっぴーさんの誕生日を祝いにいった。飲むとちょいとお調子にのってしまいがちですが、すごく暖かく迎えてくれる・・。何か地元に帰った時の安堵感がここにはある。なんでもなく遊びに行ったら、忘れられない思い出ができるという。「思い出は暖かさの産物なのかい」と思ったり。

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よし、健三兄さんがブログで1日1曲というのをやってる。いち音楽リスナーとして、元鍵っ子として、パクらせていただく!笑 

ということで、浅草buttobiでみた熊代さんの曲。MV発見。卒業式とかお別れ会とか、入学式とか、、人生の節目で大合唱したい。声とても渋いです。そして、口ずさみたくなる。

 

「旅立ちと花」