独りぼっちのささじぃ。

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

雪は日常に軽いハプニングを降らせてくれる。

街は雪に覆われた

 

心象風景を表す雪、ある人にとっては美しくあり、ある人にとっては歯痒くある存在。朝、外に出てみると近所の人々が雪掻きをしていた。西日本に生まれた自分にとってはなんとも見慣れない風景であった。美容師を営むお姉さんもラケット屋のおば様も、果ては不動産会社のお兄さんもスコップを持っていた。皆、持っていた。

 

柔らかい雪に対して、ザクッとスコップを入れる姿にはしみじみする。店の人が外に出てきて、動いてる姿を見ると改めて日常を噛み締められる。普段から店内で働いているから変わりはないはずなのに。美容師と不動産の業務内容は違う。それでも、こうして雪を通じて同じ作業を行う。共同体の逞しさを肌で感じられる瞬間。雪掻きに得手不得手もなく、まずはこなさなければ日々が戻ってこない。家の前も案の定、積りまくっていた。「ええい」と脚を雪の中につっこむと、スネあたりまで埋まった。一人で笑った。そのまま突っ込んでいった。すると、家に帰れた。

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このままでは家から出られないと嫁が困っていた。私は、傘で雪をかきわければぐらいに考えていた。一緒に早く起きて雪の積もり具合をチェックすることとなった。翌朝、目覚ましの音が何度も繰り返されていた。スヌーズ機能が活かされていた。雪は日常に軽いハプニングを降らせてくれた。

 

街は白銀に染まり静謐を保つ。その白は否が応でも民を参加させる。

世代に地域は囲まれ賑やかし、また、哀れみ。

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