「東京の電車」 日常を言葉にするだけで
東京の電車
東京にいると異常な電車使用率。
電車がない東京なんて考えられない。椅子の下からボワッと暖かい風が出力される。冬には最高のアウトプットだ。眩いばかりの光と云わずとも、蛍光灯は安定的に車内を照らす。それぞれのテンションの高低差を感じられる電車に、お国柄が見て取れるというのはちとばかりと大袈裟でしょうか。
11月も終わりを告げる今日この頃。ますます、電車の季節。「ここで降りるべきなのか。乗るべきなのか」と電車についてなのか、ギャンブルについてなのか、話を膨らませるパーマかかり気味のおば様。携帯を眺め腕を組んで「見ちゃいますねー」と相槌を打つOL。相方のOLは吊り革に手を掛けて微笑んでいる。足元を見れば靴がたくさん並んでいる。革だったりスニーカーだったり。
「結果、可愛いですから」と胸を張る男性。ひと駅づつ進む、いわゆる各駅停車。8両目に乗車しているため車掌の姿は見えない。確認せずともひた走る。ボタン一つで常識を破っちゃうような。それでも、お腹が空けば食事をとる。
また1人席を立ち、また1人席に座る。4人組の団体が乗り込んでくる。いつも同じ線路を走り続け乗降りを見届ける電車。「中学高校、大学、ゼミだろ。職場の同期だろ。大学の比較的ほら、親しい友達、あと、近所のスポーツクラブの若者。」とお爺さんが知り合いを並べ立てる。
そのお爺さんは「あのね、ほいでね」と軽妙に話を進めている。ベビーカーの子供の純粋無垢な表情は大物を予感させる。これ、高倉健の再来か。
いやはや、これほどまでに老若男女を束ねる代物もない。駅で待ち合わせた二人。一人は「今日も調子よく走ってますね」と呟く。