独りぼっちのささじぃ。

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

下はスーツやのに、上は白シャツ・・ないない漢。ファッションについて語る。

よし、ファッションについて語るぞ

 

はうはうはう。

またまた、ふらっと近所のヒソミネさんによって、ウィスキーを飲んだよ。

近所に音楽が流れて、お酒を飲めるところがあるだけで最高。今日はファッションについて書こうと思う。ファッションなんて門外漢です。

  

彫りが深くない自分に合うファッションはなんなんだろうと。

完全に個人的なことを言うと、彫りが深いと説得力が増す。気がする。人間は雰囲気とか印象で70パーセント以上決めていると、大学の何かの講義でやっていた。

「内容を聞かんかい!」と思いながらも、好きなミュージシャンは大体、彫りが深い。彫りが深い人に憧れがちだけど、ここに関しては諦めた。

彫りが浅くてもやっていけるはずだと。ファッションで彫りの深くなさを誤魔化すしかない。さあ、どうずらそうか。自分の場合は、いわゆるストレートに合うコーディネイトをしていても、仕方ない。

(数年前の自分、この年齢にしかできないファッション!!)

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やはり、真っ当な人から「ダサっ!」と言われるぐらいが丁度いい。外しているのをどれだけ味にするか。あえて外すけど、トータル、外れていないな、ぐらいの丁度をめがけて放り込む。そんなに高価な服ではなくとも、組み合わせで、その丁度をめがけれそう。

 

いろんな面で王道にはいけないということは、氣づいているが、外れている界の王道を目指している。これは音楽も一緒で、大多数の共感を得る音楽はもはやできないけど、マイナーの中のメジャー。というか、マイナー志向、だけど、メジャーというか。なんと表せばいいか。客観性ゆえの独断性といえば、一番近いかな。そう、客観すぎの独断、これは独断なのだけれども。それを掴み取るにはまだまだ旅にでないと。無理に迎合せず、リラックスに。

 

ふむむ、彫りが深くないゆえに、考えることが増えています。

まずは、木をお洒落という観点から眺めよう。どんな木がお洒落なのかい。

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