独りぼっちのささじぃ。

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

ハネムーン!!!蜜月旅行! 石垣島に降り立った。(1日目)

石垣島に降り立った

 

中学二年生の修学旅行以来に、沖縄にやってきました。

中学二年生の時と感じることがこんなにも違うものか。中学二年生の時は、「バナナボートはやっ!」「首里城に行っても何も感得せず、夜を楽しみたい」と言う具合でした。断崖絶壁の子坊主です。(石垣島が、見えてきた!)

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今回は石垣島に来ましたが、いやはや、・・衝撃です。

時間の流れがゆっくりとは予想していたけど、・・ゆっくりや。自転車でふらふらしている焼けた少年たち、土曜日の23時になればほぼ全員千鳥足、信号も全然なくて、車でスンスンいける。街中で会う人同士の挨拶を見ていると都会とは違う。関西や東京から移住している人も多く、石垣島の魅力に吸い込まれるのもすごくわかる。

 

ギラギラした感じはなく、繋がりに人間味を感じる。絶大的な魅力。

ただ、陽気なだけじゃない。少し影も感じる。ラジオから流れてくる音楽はどこか哀愁がある。自然と人種のことやルーツを考えざるを得ない場所。それに対抗するため、人々は団結し明るく日々を生きている!というところまで、勝手に想像してしまう。明らかに、価値観の所在は経済にない。

 

「ゆっくりとした時間が流れる場所で小説家は生まれるのか」という思いも発祥した。小説には生々しさ、文字が持つ冷たさを活かした鋭さ、リアリティが必要になるのだけど、それらが湧いて来ない気がする。「南の島に文学は生まれているのか?」これまたいつか調べよう。

 

夜はライブがある居酒屋へと行きました。いやはや、三味線の音と唄い手の声の揺らぎにはぐっと心をつかまれる。名前は忘れてしまったけど、普段は漁師をされている方が唄っていました。溢れ出る優しさに素朴な目に、女店長から怒られている姿を見ていると、ほのぼのしてきます。

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音楽とはこういうことを言うのじゃないか、という思いさえ抱かされます。

ライブの最後には、「かき混ぜる」を意味する踊りカチャーシーが繰り広げられました。旅行で来たであろう、クリエイターっぽい外国の方も踊っていた。とりあえず、猫も杓子も踊りゃな損々という具合に踊ってきました。

 

ゆっくりとした時間が流れる場所に移住したい。と想像で思っていたけど、本当に、肌に合う。石垣島一日目、濃すぎて、眠れない。